主人公
マット・デイモンは、天才的な頭脳をもちながらガテン系の仕事に甘んじている。そのくせ、エリートやアカデミズムに反発し、時おり頭の良さをひけらかす。
このところ私は数学づいているが、この映画にもフィールズ賞受賞者の数学者のMIT(マサチューセッツ工科大学)教授が登場する。教授が学生に出した難問をデイモンは難なく解くばかりか、教授がどうしても解くことのできない超難問まで解いてしまうのだ。
そんな天才がなぜ、レンガ積みや清掃人などやっているのか。なぜことさら、MITを選んで清掃をしているのか。あえて才能を無駄にするような生き方をしているのはぜなのか。
心を閉ざし青春時代を無為に過ごすデイモンの精神的治療にあたるのが、心理学者の
ロビン・ウィリアムスだ。この二人の間の心理的な駆け引きが面白い。初めてのカウンセリングで、ウィリアムスの部屋を訪れたとき、デイモンはウィリアムスの亡き妻の描いた絵にひどい言葉を吐き、ウィリアムスの心をを引き裂いた。
次の日、公園で、ウィリアムスはデイモンに「
君が絵について言ったことを考えた。眠らずに考えた。」と言って、次のように語る。少し長いセリフだが、字幕を少し補って、省略なしに引用しよう。
「美術の話をすると、君は美術本の知識を語る。ミケランジェロのことにも詳しいだろう。彼の作品、政治野心、法王との確執、セックス面での好み...、何だって知っている。
だが、君はシスティナ礼拝堂の匂いをかいだことがあるか? あの美しい天井画を見上げたことがあるか? ないだろう。
君は愛の話をすれば君は愛の詩を暗誦する。だが、自分をさらけ出した女を見たことはあるか?
目ですべてを語っている女、君のために天から舞い降りた天使、君を地獄から救い出す。君も彼女の天使となって彼女に永遠の愛を注ぐ。どんな時も… 癌に倒れても。2ヶ月もの間、病院で彼女の手を握り続ける。医師も面会規則のことなど口に出せない。自分への愛より、強い愛で愛した誰かを失う。その悲しみと愛を君は知らない。今の君が知性と自信を持った男か?
今の君は生意気な怯えた若者。だが天才だ。それは認める。天分の深さは計り知れない。だが絵一枚で傲慢にも僕って人間を切り裂いた。
君は両親がいない。もし僕がこう言ったら、君はどういう気がするのだろう?
“君のなめた苦しみはよく分かる。『オリバー・ツイスト』を読んだから”。
僕にとってはどうでもいいことだ。君から学ぶことは何もない。みんな本に書いてある。
だが、君自身の話なら喜んで聞こう。君って人間に興味があるから。それはイヤなんだろう。君はそれが怖い。あとは君次第だ。」
なかなか心の中を覗かせないデイモンに対し、ウィリアムスは自分がかつてそそいだ愛を率直に語る。この言葉がきっかけとなったのか、他の精神科医や心理学者は拒んだのに、ウィリアムズのところにはしぶしぶカンセリングに通うようになる。
心を開かないマット・デイモンは、恋人のハーバードの女子大生に対しても“
I love you”のひと言がいえない。私には、そのあたりのデイモンの心理が手に取るようによくわかる。私もある時期、真剣であればあるほど、結婚とか家庭とかに結びつく可能性のある言葉は決して口に出さないようにしていた。そのことでどれだけ相手を傷つけたことか。恋人のつらそうな姿が痛々しい。
マット・デイモンと
ベン・アフレック(デイモンの親友役で出演)の共同による脚本がいい。配役も、マット・デイモンといい、ロビン・ウィリアムスといい、本当に「はまり役」である。ガス・ヴァン・サント監督の演出も冴えている。
だが、次のセリフは、台本にはなく、ロビン・ウィリアムスのアドリブだそうだ。
「妻は緊張するとおならをするヘンな癖が…眠っている時もね。ある夜はその音で犬が目を覚ました。妻は目を覚まして“今のはあなた?”」
聞いているマット・デイモンも大笑いしているが、カメラもこらえきれず少し揺れているのが面白い。