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ライト(3) 混沌からの秩序

Order Out of Chaos

巨匠建築家 フランク・ロイド・ライト.jpg
フランク・ロイド・ライト [DVD]


ウィリアム・クロノン(歴史家)
ウィリアム・クロノン.jpg
 シカゴは1871年の大火災で都心部が全滅し、それがマーケットを生んだ。シカゴを大都市に再建する動きがあり、そのための資金も十分にあったので、いろんな建築家がやって来て建造を一から手掛けた。彼らの中で建築家が世界を創っているという意識が芽生えた。ライトもシカゴに来て彼らの考え方を吸収した。
ナレーション
 ライトは製図者として事務所で働き始めたが、更に上を目指した。1887年に当時20歳だったライトは、シカゴ屈指の建築家であるルイ・サリバンを訪ねた。

ブレンダン・ギル(作家)
ブレンダン・ギル.jpg
 当時のサリバンはまだ31歳位で若く、成功することに情熱を燃やしていた。サリバンは事務所に現れた可愛らしい若者を見て、すっかり惚れこんでこう思った。「彼を偉大な人物に育てることができる」とね。ライトも2人の関係を快く思っていた。

サリヴァン.jpg
サリバン

ナレーション
 ライトはすぐに「師の手の中の良き鉛筆」となり、49人の部下を抱える製図者に昇進した。この時、彼はシカゴ出身の17歳の女性に恋をしていた。名前はキャサリン・トビン、あだ名は「キティ」。2人は教会の集いのダンスフロアで出会い、間もなくライトは彼女に求婚した。

妻キティ.jpg
妻キティ

メリル・セクレスト(伝記作家)
メリル・セクレスト.jpg
 彼は若者なら誰でもするように、自分の中で世界一美しい女性像を創り上げていたの。そんな時魅力的な女性が現れたのよ。もちろん彼はこう言ったわ。「彼女こそが理想の女性だ。僕のために生きる女性だ」。エゴイストでナルシストの彼はそういう女性を求めていた。

ナレーション
 キティの両親は結婚に反対した。ライトは若く型破りで貧しかったからである。ライトの母も結婚に反対した。結婚式では落胆のあまり倒れてしまった。ライトは豊かな新婚生活を送りたいと考え、上司を説得して5年契約を結んだ。さらにサリバンから借りた建築資金で、シカゴ郊外にある伝統的でお洒落な街オークパークに新居を建てた。

ライト自邸.jpg
ライト自邸

ブレンダン・ギル(作家)
 彼は可愛くて元気がよく申し分のない伴侶を得た。次から次へと子宝にも恵まれたんだ。

ライト一家.jpg
ライト一家

ライト一家の名前.jpg
ライト一家の名前
【出典】ライト自邸

ライト一家の名前入り.jpg
ライト一家の名前入りの展示
【出典】ライト自邸

ナレーション
 ライトは4人の息子と2人の娘を授かった。キティは子供の世話をし、ライトは仕事に集中した。ライト家は社交的で、常にどこかのパーティに顔を出していた。

ブレンダン・ギル(作家)
 彼は小説の主人公のようだった。彼が登場すると部屋の雰囲気が一変した。ケープにステッキ…、彼の装いは19世紀の映画俳優のようだった。女性は一目で恋に落ちたよ。彼はとても魅力的だった。弁護士や歯医者といった男たちよりもね。

美男子ライト.jpg

ナレーション
 ライトは贅沢な生活を好み、古本や日本の浮世絵を集めた。生活必需品より贅沢品を優先した。生活が苦しくなった時、サリバンには内緒で裕福な客の住宅を設計した。時には偽名を使って。

ブレンダン・ギル(作家)
 彼はトラブルの多い人だったよ。真実とかけ離れたことばかり言っていたよ。
大ウソがバレると笑ってこう言うんだ。「バレてしまったか」ってね。

ナレーション
 1893年、サリバンはライトのアルバイトに気付き、彼を解雇した。

ロバート・A・M・スターン(建築家)
ロバート・A・M・スターン.jpg
 ライトが建築家になりたての頃、典型的な住宅は狭い敷地の上に建てられていた。幅は約70フィートで奥行きは125フィートだった。家にはポーチがあって通りを行き交う人々とのふれあいの場となっていた。しかし自動車の普及により街の生活が変わり、ライトはそれに気付いた。ポーチに座って通行人と会話する仕組みが自動車の普及で壊された。そこで彼は家の正面が通りに対して90度になるようにした。そして何よりライトはポーチを無くし、玄関が目立たないよう覆うようにした。

住宅外観1.jpg  住宅外観2.jpg

住宅外観3.jpg  住宅外観4.jpg
ライトの住宅(外観)

ナレーション
 彼の革命的なスタイルは海外に影響を受けていた。ウィーン分離派や英国のアーツ&クラフツ運動、そして日本の建築にも。これらすべてを吸収した者は彼だけだった。ライトが設計する家は横線を強調し、中西部の平原と調和していた。雨よけの張り出しや低いテラス、奥まった庭も特徴的だった。家はプライバシーのため奥まった場所に建てられ、不要な装飾も取り払われた。彼は「建物の外観は室内の空間の表れである」と言った。ライトは箱のような部屋がいくつもあることを嫌い、一階全部を1つの部屋とした。多様な使用目的に従って壁ではなく仕切りで分けた。統一性のある空間を演出した。混沌からの秩序である。

ポール・ゴールドベルガー(建築評論家)
ポール・ゴールドベルガー.jpg
 当時はまだ堅苦しいビクトリア王朝時代やエドワード王朝時代の影響があった。形式を重んじ、密室や2重のドアが当たり前だった。使用目的に応じてたくさんの部屋があった。ライトが目指した広い空間は革命を起こした。それまでの家の概念を根本から覆したんだ。

ヴィンセント・スカリー(建築史家)
ヴィンセント・スカリー.jpg
 ライトが創りだす空間ほど穏やかな環境はない。有機的に構成されているが、境界を感じさせないからだ。空間がどこまでも続く。天井を低くしたことで、横に押し広げた空間を肌で感じることができる。色も重要だ。収穫の時期を思い起こさせる色を使う。緑や金色、優しい茶色などをね。ライトの家は安らげて居心地がいい。いつも秋を感じることができる。

住宅内観1.jpg  住宅内観2.jpg

住宅内観4.jpg  住宅内観5.jpg
ライトの住宅(内観)

ウィリアム・クロノン(歴史家)
 ライトは建築を芸術形式の最高峰と考えた。他のすべての芸術形式を従属させるもの、建築は視覚芸術から造形美術、彫刻までのすべてを含む。ライトはこれらの要素をコントロールし、彼が思い描く美の空間を創り出そうとした。その空間に住むということは、変化することを意味した。彼の空間は住む人をも変えてしまうのだ。

ナレーション
 「すべての家は宣教師である」とライトは言った。「私は今ある社会秩序の終わりを予言して家を建てる」
まいじょ * ドキュメンタリー * 11:25 * comments(0) * trackbacks(0)

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