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2日目(6) タリアセン・レジデンス

タリアセン・レジデンス
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タリアセン・レジデンス
 タリアセン(輝く頂)とは、ライトの自邸のことであり、丘の頂上近くの立地をさした

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タリアセン・レジデンス
【出典】Taliesin East - Frank Lloyd Wright Foundation
 タリアセンは、1911年にできた第一タリアセンが消失したため、1914年にできた第二タリアセンが再び火災により倒壊したのち、1925年に第三タリアセンとして建設された

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リビング
【出典】Taliesin East - Frank Lloyd Wright Foundation

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同上
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照明器具
 ヤマギワが「タリアセン1」と称してレプリカを売っているモデルのオリジナル
【参照】YAMAGIWA

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照明器具
 ヤマギワが「タリアセン2」と称してレプリカを売っているモデルのオリジナル
【参照】YAMAGIWA

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譜面台

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暖炉

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バードウォークをのぞむ窓

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「タリアセン」平面図、見習生諸室(東側)

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「タリアセン」平面図、作業場と農場(西側)

 1909年、20年の結婚の後、ライトは突然自分の妻、子供、業務を捨てて、依頼主の妻であるママー・バースウィック・チェイニーという女性とドイツに渡った。著名な出版社であるヴァスムート社と協力して、ライトは作品集をまとめ、ドイツでは主要な住宅建築家の一人として国際的な地位をさらに高めた。
 1913年、ライトとチェイニーは米国に戻り、ライトはウィスコンシン州スプリング・グリーンの母親の先祖の家に家を建てた。 タリアセン(ウェールズ語で「輝く眉」という意味)は、彼の人生の中で最も評価の高い作品の1つだった。しかし、1914年、召使が家に火を放ち、チェイニーと他6人を殺すという悲劇が起こった。ライトは彼の恋人と家を失ったことで荒廃したが、彼は、彼自身の言葉で「丘から傷を拭く」といったように、すぐにタリアセンを再建し始めた。
Frank Lloyd Wright Biography


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リーフレット


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