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オペラ「カラ兄」の評判(その5)

 オペラ「カラマーゾフの兄弟」の批評の第5弾。今回は、2月1日、ロンドンのバービカン・ホールで演奏会形式で行われた公演についてのもので、『The Independent』)に掲載されたものである。拙訳で紹介する。

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ゲルギエフ(写真は、Intermezzoより)

スメルコフ「カラマーゾフの兄弟」 マリインスキー劇場/ゲルギエフ (バービカン・ホール)

エドワード・セッカーソン

2009年2月2日月曜日

 ドストエフスキーの小説「カラマーゾフの兄弟」をオペラにしようという挑戦をする人は、勇敢というか無謀である。

 アレクサンドル・スメルコフとユーリー・ディミトリンがマリインスキー劇場のために書いた台本の長い第一幕を通して、その勢いにのっているうちは、速読のような効果が感じられた。小説をまったく知らない人は、物語の奔放な勢いや登場人物や考えが入り乱れることにより、大きな笑劇の中にでも放り出されたかのように感じるかもしれない。ドストエフスキーの最後の小説は、ある程度、まさしく混沌とした社会とそれを動かす人間の状態を解剖したものである。しかし、痛烈な皮肉と悲劇との間で適正なバランスを図ることに、作曲家と劇作家がもっと気をつけれいれば良かったのにと思った。

 もう一つの問題は、このオペラが驚異的に独創的な小説をもとにしながら、驚異的に非独創的な音楽を通して再現していることである。スメルコフのスコアは、引用と借用にあふれているため、彼自身の音楽はいったいどこにあるのかと思うほどである。冒頭の数小節ではブラームスの交響曲第1番を思わせるライトモチーフによって迫りくる悲劇の重さが伝えられる。形式やスコアでも、姿勢でも、その類似性に聴衆が困惑するほどには、音楽の力で心をつかまれることはない。やがて1分後くらいには、ショスタコーヴィチの「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の有名なパッサカリアの冒頭部にそっくりなものに変形する。ベートーベンの第九交響曲が、繰り返し現れる。女性の主要人物グルーシェニカ(魅力的なクリスティーナ・カプスチンスカヤ)は、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」から借りた高揚するモチーフを通してロマンチックな混乱を歌う。そんなふうにオペラは進行していく。

 スメルコフの曲づくりの妙、オーケストラの響きにおける彼の技量と巧みさについては疑いをはさむものはない。だが、スコアの多くの部分が中古のショスタコーヴィチとチャイコフスキーのように聞こえるので、小説で感じる過剰な情熱も、オペラでは変な模造品のように感じた。 そして、主要登場人物のすべてが有罪という、どうにも忘れることのできない九重唱曲で感動の頂点に達するとき、これもまたカタルシスのパロディーのようなものではないかと感じた。

 言うまでもなく、ドストエフスキーの多彩な登場人物たちのギャラリー(ここにはロシア社会のすべてがある)は、マリインスキー劇場の歌手たちが凄まじく多才な声を根気よく出すことにより、ベストを発揮した。ワレリー・ゲルギエフはいつもの速さで舞台を進行した。しかし、これは世界的な事件ではなく地方の事件にすぎない、と私には思えた。


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グルーシェニカ役のクリスティーナ・カプスチンスカヤ(写真は、Intermezzoより)

 演奏会形式で上演されたものでどこまでオペラの真価が伝わるのかわからないが、ロンドン公演の評価は手厳しいものが多い。

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写真は、Intermezzoより



 

JUGEMテーマ:音楽

The Independent

Smelkov The Brothers Karamazov, Mariinsky Theatre/ Gergiev, Barbican Hall


By Edward Seckerson

Monday, 2 February 2009

It’s a brave (or foolhardy) man who dares to make an opera of Dostoyevsky’s seminal novel The Brothers Karamazov.

Throughout the long first act of Alexander Smelkov and Yury Dimitrin’s adaptation for the Mariinsky Theatre the effect was a little like speed-reading it whilst under the influence. If you didn’t know the novel at all, the seemingly reckless dash of the narrative, the dislocation of characters and ideas, will have left you feeling marooned in the middle of some grand farce. To some extent, Dostoyevsky’s last novel is just that ? the anatomy of a chaotic society and the human conditions driving it. But still I wonder if the composer and his librettist have got the balance right between the grimly ironic and the tragic?

Another problem with this opera is that it takes a novel of startling originality and reimagines it through music of startling unoriginality. Smelkov’s score is so full of allusions and borrowings that you begin to wonder where he comes into the picture. In the opening bars the weight of impending tragedy is conveyed in a leitmotif so redolent of Brahms’ First Symphony – in shape, scoring, and attitude – that the audience is not so much gripped by its power as bemused by its similarity. After a minute or so it’s morphing into something a lot like the start of the great passacaglia from Shostakovich’s Lady Macbeth of Mtsensk. Beethoven’s Ninth is in there, too (repeatedly), while the central female figure of Grushenka (the glamorous Kristina Kapustinskaya) voices her romantic confusions by way of a soaring motif plundered from Tchaikovsky’s Eugene Onegin. And so it goes on.

No one would dispute Smelkov’s compositional virtuosity, his skill and ingenuity with orchestral sonority, but because so much of this score sounds like second-hand Shostakovich and Tchaikovsky the immense passions embraced by the novel come across as oddly counterfeit in the opera. And when we do arrive at its emotional climax – an extraordinarily haunting nonet expressing the collective guilt of all its principal characters – there is suspicion that this too is somehow a parody of catharsis.

Needless to say, Dostoyevsky’s colourful gallery of characters – all Russian society is here – brings out the best in the Mariinsky ensemble with its seemingly inexhaustible supply of terrific and versatile voices. Valery Gergiev drives the proceedings with his customary urgency. But I’ve a feeling that is a local, not an international event.

まいじょ * オペラ * 23:53 * comments(0) * trackbacks(2)

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