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「ゲルギエフとサンクトペテルブルグの奇蹟」

 アメリカ人の音楽評論家ジョン・アードインによって書かれた、偉大なるマエストロ、ワレリー・ゲルギエフによるマリインスキー劇場の復活と挑戦の物語(亀山郁夫訳)である。

「ゲルギエフとサンクトペテルブルグの奇蹟」表紙

 著者は、グルジア出身のピアニスト、アレクサンドル・トラーゼ(日本ではNHK「スーパーピアノレッスン」の講師として知られる)を介してゲルギエフと知り合い、「キーロフについて本を書いてみたらどうだい?」と勧められた。ゲルギエフは、キーロフの本は広い視野を持つロシア人以外の人物によってそれは書かれるべきだと固く信じていた。そのねらいは、本書で見事に成功しており、ゲルギエフの広報の分野における驚くべき才能を物語っている。

 著者は、1年あまりのサンクトペテルブルグ滞在でこの本を書き上げたが、マリインスキー劇場の長い歴史を、まるで見てきたかのように生き生きと描いていることに感心した。リサーチャーとしても抜群の才能をもった人なのであろう。文章力も確かである。サンクトペテルブルグの白夜の季節について、アードインは次のように描写する。

 私たちが到着した時は、季節外れの暑さだったが、それでも緑は眩しかった。サンクトペテルブルグは、白い町とも緑の町とも描写されるが、友人達はよく、雪と氷の世界と、春と夏の青々とした緑の世界のどちらが美しいかを議論したものだった。私は、今はどの両方の美しさがわかるが、木々や公園がきらきらと輝くエメラルドで飾られる時期が一番好きだという者に同調したい。というのも、この時期こそ、あの幻惑的な白夜が現れる季節だからである。
 毎年、二ヶ月間ほど、晩春の頃から、ロシア北部の夜はすべて消えてしまう。闇に近い状態になる時でさえ、空はばら色がかった紫の輝きを保ち、朝日が土地を照らしはじめる前の数時間それが続く。この素晴らしい白夜については、本で読んだり、人からその様子を聞いたりすることはできる。写真にしろ言葉にしろ、現象そのものをとても代弁などしてくれない。日中の太陽が澄みきった光を放ち、夜になると非常に青く光る季節なのだ。そして、夜には、町の公園や、その典雅なスカイライン、壮大な建物がほとんど生きているような雰囲気を帯びてくるのである。

 私は、もうじき白夜祭ではじめて生のバレエ(「白鳥の湖」)を観るのだが、この本の中でアンドリス・リエパが、ロシアのダンサーの特色について次のように述べているのを読んで、ますます楽しみになってきた。

「(ロシアの)ダンサーが共通に持っているのは、踊りながら音楽を感じる能力だ。ロシアのダンサーは決して拍子を取らない。私は、アメリカン・バレエ・シアターと一緒に踊った時に、そこのダンサーがいつも拍子を取っているのを見てとても驚いたよ。ストラヴィンスキー=バランシンのバレエでさえ、私が拍子を取らず、たんに音楽を感じていることが彼らには信じられなかったようだ。これは、西洋と東洋のダンスの大きな違いの一つなんだ。ロシアのダンサーは、音楽を聞くと、それとともにはばたきはじめる。踊っているのは彼らの魂なんだ。(中略)西欧では、『んータ』というようなアクセントでダンサーは下がるけれど、ロシアのダンサーは上がる。私にとっての大きな違いというのは、アメリカのダンサーは、キーロフのダンサーのように、内面から踊っておらず、外面から踊っているということなんだ。私から見ると、彼らは何も感じていないみたいだ」

 ゲルギエフは、ソヴィエト連邦に内側に封じ込められた者の一人であるが、その彼が、同胞に対して皮肉をこめていう。
「ソヴィエト連邦のたくさんの芸術家たちは不平たらたらでした。ロシア人が私を憎むのは、ゴスコンツェルト(ロシア国営のコンサート代理店)が悪いから、ホロヴィッツになれないという彼らの言いぐさです。彼らに本音を言えば、あなたがたはホロヴィッツじゃないからホロヴィッツになれないんだ、ということです!」

 ゲルギエフは、「ソヴィエトは音楽的に非常にリッチな国でした」といい、クラシック音楽にとっては良い環境だったことを認める。

「ソヴィエトはもっと明るくて影があり、プラスであると同時にマイナスであろ。水であり火でした。それは入り組んでいて、天国であったり、地獄だったりしたのです。共産主義者たちの支配下だからといってけっして悪い国ではありませんでした。言い換えると、新しい体制だからといってよいということでもないのです」

 本書あとがきによると、2003年の<白夜祭>のハイライトは、プロコフィエフの大作オペラ《戦争と平和》(トルストイ原作)の再演であったという。2008年の<白夜祭>のハイライトは《カラマーゾフの兄弟》(ドストエフスキー原作、アレクサンドル・スメルコフ作曲)の世界初演ということになるであろう。7月23日が本当に待ち遠しい。

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まいじょ * * 00:03 * comments(2) * trackbacks(2)

コメント

ブログにコメントありがとうございました。
私もまいじょ様が引用されてるリエパの「拍子を取らない」の箇所がすごく印象に残ってて本に付箋を貼ってしまいました(笑

P.S.
昨日から「巨匠とマルガリータ」、読みはじめたんです。ホント面白くて今夢中になってます!
Comment by saboko @ 2008/07/10 10:39 PM
saboko さま

マリインスキーで「白鳥の湖」を観てきました。ロシアのダンサーが拍子をとらない、音楽を感じているだけ、というのが何となくわかったような気がします。

まもなくアメリカン・バレエ・シアターの来日公演がありますが、どんなに違うのか見比べてみたいものです。
Comment by まいじょ @ 2008/07/27 2:43 AM
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