ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」
2008.06.15 Sunday
20世紀の世界文学を代表するといわれるブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」(水野忠夫訳(集英社ギャラリー[世界の文学]15「ロシアIII」所収))を読んだ。時間も空間も超越して、奇想天外な事件が次々に展開するストーリーが面白くて、ほとんど一気に読んでしまった。

私が「巨匠とマルガリータ」を読んだきっかけは、今年2月から3月にかけてNHK教育テレビで放送した「知るを楽しむ 悲劇のロシア ドストエフスキーからショスタコービッチまで」で、亀山郁夫先生が「独裁者への崇拝と憎悪」と題して、ブルガーコフを取り上げていたからである。
革命後まもないソビエト、まだ百花斉放の自由があった頃に、ブルガーコフはソビエト社会に対する辛辣な風刺を込めた小説や戯曲を発表し、それなりに成功を収めていた。だが、スターリンが次第に権力を掌握するとともに、ブルガーコフは反動的であると批判にさらされ、発表する機会を失ってしまった。そんな中で、ブルガーコフは政府宛に手紙を書き、国外への亡命を願い出た。
NHKの番組では、スターリンがブルガーコフにかけた電話に大きく焦点をあてた。
ブルガーコフの演劇を何回も繰り返し観ていたスターリンは、彼の愛好者であり擁護者であったという。スターリンは、モスクワ芸術座へのブルガーコフの復帰を約束し、ブルガーコフは亡命の意思を取り下げた。
だが、その後もスターリンの権力はますます肥大化し、大粛清の歯車が動き出した。ブルガーコフも批判を浴び、作品発表の機会はほとんどなくなるが、亀山先生によれば、それもスターリンによる一種の“庇護”の側面があったという。自分の才能を認め、目をかけている芸術家に対しては、危険な兆候が現れた段階で、早めに“警告”を与え、“庇護”したのである。
こうして命拾いしたブルガーコフであったが、晩年の約10年間の歳月をかけて書いた長編小説「巨匠とマルガリータ」は、生前はもちろん、その死(1940年)後も長い間、陽の目を見ることはなかった。検閲により一部削除されたテキストが出版されたのは、なんと死後26年もたった1966年、発禁だった著作が刊行されるのはゴルバチョフ政権になってからのことだという。
「巨匠とマルガリータ」は、巨匠と呼ばれる作家とその愛人マルガリータの恋愛物語がメインの軸であるが、黒魔術の教授を名乗る悪魔ヴォラントとその怪しい子分たちによるモスクワを舞台に奇想天外な事件を次々と起こす波瀾万丈の物語がもう一つの軸であり、二つの軸はときどき交差する。そして巨匠の書いた小説中の小説は、2000年近く前、キリストを処刑したユダヤ総督ピラトが主人公であり、悪魔ヴォラントは時空を越えて、ピラトにも関わる。ここで、これ以上詳しく語るのは、未読の方のお楽しみを奪うことになるのでやめておこう。
ヴォラントのモデルは、スターリンではないだろうか。善か悪かといえば、もちろん悪者なのだが、作者はどこかこの絶大な力を持つ悪魔の善意や庇護を期待しているようなところがある。そしてヴォラントは、どこか神の意思をきき、その願いに応えているところがある。ヴォラントに対する崇拝と憎悪は、ブルガーコフのスターリンに対する「庇護に対する感謝」と「統制に対する嫌悪」というアンビバレントな二つの感情の間で揺れているようにも思う。
「巨匠とマルガリータ」は、もちろんソビエト社会の厳しい風刺が込められているが、そこに描かれた「自由」や「芸術」や「愛」といったテーマは、時代や国を越えた普遍性をもち、世界文学と呼ぶにふさわしいものといえよう。ロシア文学おそるべしである。
今朝の朝日新聞(2008年6月15日日曜日朝刊)によれば、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫訳)を筆頭に、ロシア文学が時ならぬブームにわいているという。ロシアの好感度はワースト1なのに、日本人は明治時代以来、根っからのロシア文学好きなのだそうだ。「巨匠のマルガリータ」は同じ水野忠夫訳で4月に全面改訳(河出書房新社)されたという。再読するときは、改訳版を入手しよう。

私が「巨匠とマルガリータ」を読んだきっかけは、今年2月から3月にかけてNHK教育テレビで放送した「知るを楽しむ 悲劇のロシア ドストエフスキーからショスタコービッチまで」で、亀山郁夫先生が「独裁者への崇拝と憎悪」と題して、ブルガーコフを取り上げていたからである。
革命後まもないソビエト、まだ百花斉放の自由があった頃に、ブルガーコフはソビエト社会に対する辛辣な風刺を込めた小説や戯曲を発表し、それなりに成功を収めていた。だが、スターリンが次第に権力を掌握するとともに、ブルガーコフは反動的であると批判にさらされ、発表する機会を失ってしまった。そんな中で、ブルガーコフは政府宛に手紙を書き、国外への亡命を願い出た。
NHKの番組では、スターリンがブルガーコフにかけた電話に大きく焦点をあてた。
「スターリンです。ごきげんよう。同志ブルガーコフ」
「はじめまして、ヨシフ・ヴィサリオーノヴィチ」
「お手紙受け取りました。同志たちと一緒に読ませていただきました。その件については色よい返事が得られるでしょう……。お望みでしたら、ほんとうにあなたを外国に出してあげましょうか? あなたは私たちにそんなに嫌気がさされたのですか?」
ブルガーコフの演劇を何回も繰り返し観ていたスターリンは、彼の愛好者であり擁護者であったという。スターリンは、モスクワ芸術座へのブルガーコフの復帰を約束し、ブルガーコフは亡命の意思を取り下げた。
だが、その後もスターリンの権力はますます肥大化し、大粛清の歯車が動き出した。ブルガーコフも批判を浴び、作品発表の機会はほとんどなくなるが、亀山先生によれば、それもスターリンによる一種の“庇護”の側面があったという。自分の才能を認め、目をかけている芸術家に対しては、危険な兆候が現れた段階で、早めに“警告”を与え、“庇護”したのである。
こうして命拾いしたブルガーコフであったが、晩年の約10年間の歳月をかけて書いた長編小説「巨匠とマルガリータ」は、生前はもちろん、その死(1940年)後も長い間、陽の目を見ることはなかった。検閲により一部削除されたテキストが出版されたのは、なんと死後26年もたった1966年、発禁だった著作が刊行されるのはゴルバチョフ政権になってからのことだという。
「巨匠とマルガリータ」は、巨匠と呼ばれる作家とその愛人マルガリータの恋愛物語がメインの軸であるが、黒魔術の教授を名乗る悪魔ヴォラントとその怪しい子分たちによるモスクワを舞台に奇想天外な事件を次々と起こす波瀾万丈の物語がもう一つの軸であり、二つの軸はときどき交差する。そして巨匠の書いた小説中の小説は、2000年近く前、キリストを処刑したユダヤ総督ピラトが主人公であり、悪魔ヴォラントは時空を越えて、ピラトにも関わる。ここで、これ以上詳しく語るのは、未読の方のお楽しみを奪うことになるのでやめておこう。
ヴォラントのモデルは、スターリンではないだろうか。善か悪かといえば、もちろん悪者なのだが、作者はどこかこの絶大な力を持つ悪魔の善意や庇護を期待しているようなところがある。そしてヴォラントは、どこか神の意思をきき、その願いに応えているところがある。ヴォラントに対する崇拝と憎悪は、ブルガーコフのスターリンに対する「庇護に対する感謝」と「統制に対する嫌悪」というアンビバレントな二つの感情の間で揺れているようにも思う。
「巨匠とマルガリータ」は、もちろんソビエト社会の厳しい風刺が込められているが、そこに描かれた「自由」や「芸術」や「愛」といったテーマは、時代や国を越えた普遍性をもち、世界文学と呼ぶにふさわしいものといえよう。ロシア文学おそるべしである。
今朝の朝日新聞(2008年6月15日日曜日朝刊)によれば、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫訳)を筆頭に、ロシア文学が時ならぬブームにわいているという。ロシアの好感度はワースト1なのに、日本人は明治時代以来、根っからのロシア文学好きなのだそうだ。「巨匠のマルガリータ」は同じ水野忠夫訳で4月に全面改訳(河出書房新社)されたという。再読するときは、改訳版を入手しよう。
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