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亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」

 「カラマーゾフの兄弟」の新訳を出した亀山郁夫さんの「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」を面白く読ませていただいた。ドストエフスキーの頭の中にあった「カラマーゾフの兄弟」の第二部は、この本で亀山さんが描き出したものにかなり近いものではなかったかと思う。

 この本や「カラマーゾフの兄弟」第5巻に収められた解題の中で、亀山さんが用いるのが、ドストエフスキーの小説世界を、象徴層、自伝層、物語層という上中下の三層構造として捉えるアプローチである。

三層構造

 下の「物語層」とは、小説全体を駆動させていく物語レベル(筋書き、心理的なメロドラマ)の層である。この小説の中心となる物語は、カラマーゾフ家の主人フョードルの殺害事件をめぐる「犯人探し」であり、全体として一大ミステリーのようでもある。

 上の「象徴層」とは、形而上的な「ドラマ化された世界観」とでも呼ぶべき世界である。神と悪魔、善と悪といった象徴レベルでの葛藤の物語である。

 象徴層における葛藤が、物語=現実的なレベルと照応するというのは、ドストエフスキーに限ったものではないし、他の作家にもみられるわかりやすいしかけである。だが、「カラマーゾフの兄弟」には、この二つの層のほかに、もう一つ別の層、すなわち一般読者には見えにくい、一読しただけでは理解できない層があるという。これを亀山さんは「自伝層」と呼び、作者=ドストエフスキーが自らの個人的な体験をひそかに露出した部分であるという。

 そうした解説を読み、またドストエフスキーの生涯をふりかえってから、あらためて「カラマーゾフの兄弟」を読みかえすと、たしかに一読しただけでは見過ごしがちな「自伝層」が浮かび上がってくる。そこに秘められたドストエフスキーの魂からの叫びがはっきりと聞こえてくる。

 若き日のドストエフスキーは、ペトラシェフスキーの会という革命組織に参加したため帝政ロシアの秘密警察に逮捕され、銃殺刑の執行直前に恩赦となり、しばらくシベリア送りになるという強烈な体験があり、のちに「改心」して保守派となったのちも厳しい監視下におかれていた。

 だが、ドストエフスキーに「改心」はなかった、「改心」を演じつつづける自分に、作者自身気づかないほど熱中してきたのだという。

 亀山さんは、自伝層に着目しつつ「カラマーゾフの兄弟」続編にこめられたであろうドストエフスキーの思いを次のように総括する。

「わたしは、かつて皇帝暗殺をよしとしていた。もし、皇帝暗殺がいつか実現するとすれば、それはわたしにも責任がある−−。


 そういえば池内紀「カフカの生涯」を読んでから、あらためて池内紀による新訳「カフカ小説全集」を読んだときに、作者=カフカの心の叫びに気づいて、はっとしたことがあり、今となってはそれも自伝層の発見ではなかったかと思う。
まいじょ * * 11:56 * comments(2) * trackbacks(0)

コメント

亀山じゃね?
Comment by @ 2007/11/15 5:45 AM
亀山さんの誤りでした。謹んで訂正します。
Comment by まいじょ @ 2007/11/15 10:06 AM
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