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須賀敦子を読む

きっちり足に合った靴さえあれば、自分はどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。(『ユルスナールの靴』)


 昨年11月22日、「須賀敦子の世界展」を観に、神奈川近代文学館に出かけた。そこで感化されたこともあって、今年自分に課したテーマの一つが「須賀敦子を読む」である。生前の刊行物で文庫化されたものはほとんど読んでいるが、全集でオリジナル作品すべてをあらためて読み直そうと決意を新たにする。

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 この展覧会を観て、須賀敦子の懐の深さに感服した。
 神奈川近代文学館の館内ショップで購入したのが、松山巌著「須賀敦子の方へ」。


 松山巌は、東京芸術大学建築科出身の作家・評論家だが、大の須賀敦子ファンであり、晩年の須賀の最も親しい友人のひとりだった。須賀敦子を偲んでその足跡をたどる旅の国内編にあたるのがこの本。深い交流の密度をさりげなく語る著者の語り口に好感がもてる。続く海外編を待望したい。

 イタリアなど海外を中心に、須賀敦子の足跡を写真で追ったものがこの本。写真も、文章もすばらしい。



 最後に、須賀の足跡をビデオで追いかけたのが、このDVD+本。修道院の静寂が伝わる動画がすばらしい。


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「ゲルギエフとサンクトペテルブルグの奇蹟」

 アメリカ人の音楽評論家ジョン・アードインによって書かれた、偉大なるマエストロ、ワレリー・ゲルギエフによるマリインスキー劇場の復活と挑戦の物語(亀山郁夫訳)である。

「ゲルギエフとサンクトペテルブルグの奇蹟」表紙

 著者は、グルジア出身のピアニスト、アレクサンドル・トラーゼ(日本ではNHK「スーパーピアノレッスン」の講師として知られる)を介してゲルギエフと知り合い、「キーロフについて本を書いてみたらどうだい?」と勧められた。ゲルギエフは、キーロフの本は広い視野を持つロシア人以外の人物によってそれは書かれるべきだと固く信じていた。そのねらいは、本書で見事に成功しており、ゲルギエフの広報の分野における驚くべき才能を物語っている。

 著者は、1年あまりのサンクトペテルブルグ滞在でこの本を書き上げたが、マリインスキー劇場の長い歴史を、まるで見てきたかのように生き生きと描いていることに感心した。リサーチャーとしても抜群の才能をもった人なのであろう。文章力も確かである。サンクトペテルブルグの白夜の季節について、アードインは次のように描写する。

 私たちが到着した時は、季節外れの暑さだったが、それでも緑は眩しかった。サンクトペテルブルグは、白い町とも緑の町とも描写されるが、友人達はよく、雪と氷の世界と、春と夏の青々とした緑の世界のどちらが美しいかを議論したものだった。私は、今はどの両方の美しさがわかるが、木々や公園がきらきらと輝くエメラルドで飾られる時期が一番好きだという者に同調したい。というのも、この時期こそ、あの幻惑的な白夜が現れる季節だからである。
 毎年、二ヶ月間ほど、晩春の頃から、ロシア北部の夜はすべて消えてしまう。闇に近い状態になる時でさえ、空はばら色がかった紫の輝きを保ち、朝日が土地を照らしはじめる前の数時間それが続く。この素晴らしい白夜については、本で読んだり、人からその様子を聞いたりすることはできる。写真にしろ言葉にしろ、現象そのものをとても代弁などしてくれない。日中の太陽が澄みきった光を放ち、夜になると非常に青く光る季節なのだ。そして、夜には、町の公園や、その典雅なスカイライン、壮大な建物がほとんど生きているような雰囲気を帯びてくるのである。

 私は、もうじき白夜祭ではじめて生のバレエ(「白鳥の湖」)を観るのだが、この本の中でアンドリス・リエパが、ロシアのダンサーの特色について次のように述べているのを読んで、ますます楽しみになってきた。

「(ロシアの)ダンサーが共通に持っているのは、踊りながら音楽を感じる能力だ。ロシアのダンサーは決して拍子を取らない。私は、アメリカン・バレエ・シアターと一緒に踊った時に、そこのダンサーがいつも拍子を取っているのを見てとても驚いたよ。ストラヴィンスキー=バランシンのバレエでさえ、私が拍子を取らず、たんに音楽を感じていることが彼らには信じられなかったようだ。これは、西洋と東洋のダンスの大きな違いの一つなんだ。ロシアのダンサーは、音楽を聞くと、それとともにはばたきはじめる。踊っているのは彼らの魂なんだ。(中略)西欧では、『んータ』というようなアクセントでダンサーは下がるけれど、ロシアのダンサーは上がる。私にとっての大きな違いというのは、アメリカのダンサーは、キーロフのダンサーのように、内面から踊っておらず、外面から踊っているということなんだ。私から見ると、彼らは何も感じていないみたいだ」

 ゲルギエフは、ソヴィエト連邦に内側に封じ込められた者の一人であるが、その彼が、同胞に対して皮肉をこめていう。
「ソヴィエト連邦のたくさんの芸術家たちは不平たらたらでした。ロシア人が私を憎むのは、ゴスコンツェルト(ロシア国営のコンサート代理店)が悪いから、ホロヴィッツになれないという彼らの言いぐさです。彼らに本音を言えば、あなたがたはホロヴィッツじゃないからホロヴィッツになれないんだ、ということです!」

 ゲルギエフは、「ソヴィエトは音楽的に非常にリッチな国でした」といい、クラシック音楽にとっては良い環境だったことを認める。

「ソヴィエトはもっと明るくて影があり、プラスであると同時にマイナスであろ。水であり火でした。それは入り組んでいて、天国であったり、地獄だったりしたのです。共産主義者たちの支配下だからといってけっして悪い国ではありませんでした。言い換えると、新しい体制だからといってよいということでもないのです」

 本書あとがきによると、2003年の<白夜祭>のハイライトは、プロコフィエフの大作オペラ《戦争と平和》(トルストイ原作)の再演であったという。2008年の<白夜祭>のハイライトは《カラマーゾフの兄弟》(ドストエフスキー原作、アレクサンドル・スメルコフ作曲)の世界初演ということになるであろう。7月23日が本当に待ち遠しい。

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亀山郁夫「あまりにロシア的な。」

 新訳「カラマーゾフの兄弟」の翻訳者として、時の人となっている亀山郁夫先生の、1994〜95年のロシア・東欧滞在経験をもとにした「ロシア的なるもの」をめぐるエッセー集である。

「あまりにロシア的な。」表紙

 この本が書かれた時からさらにさかのぼること10年前の1984年8月、著者はヴォルガ沿岸の町ウリヤノフスクでスパイ容疑をかけられ、拘留されるという忌まわしい事件に遭遇した。取り調べ中に尿意をもよおして著者はトイレに行くが、あまりにロシア的なトイレを見て、そのまま引き返した。そんな抑制のきいた記述の中に、私はかえって壮絶なリアリティを感じる。帰国の船上では二度とソビエトの地は踏むまいと胸に誓ったそうだ。

 この時の体験を、著者は最近のブログで「実存的」(《Cafe Karamazov》2 Interesting Topics (2008.06.12) )という言葉を使った。それほどひどいトラウマだったのだろう。

 著者は「ロシア的なもの」を終始淡々と記述する。ウリヤノフスクで起こったような恐ろしい体験ですら、つとめて冷静に書かれている。この本に描かれたロシア像は、ロシアに深く関わる先生の目を通して描かれたロシアである。通りすがりの観光客では決して気づかないことや、ロシア人の研究者たちと高度な知的コミュニケーションができてこそ、見つかるロシアもあるからこそ、面白いのである。それらも含めてこの本に書かれたことはすべて、亀山郁夫先生個人によるロシア観であることは間違いない。でもほかにどんな方法があるというのだ。

 ロシア的なものを確実に見るには、観察者にはある種の決断が必要なのかもしれない。10日後にロシアに行く私は、本書に引用されたワルター・エンヤミンの言葉とそれに触発された亀山先生の言葉を肝に銘じておこう。
「ロシア滞在は、よそ者にとって非常に正確な試金石となる。……ほかならぬロシアにおいては、決断した者だけが、何かを見ることができる」
 ベンヤミンのこの言葉に私は不意を打たれた。おそらくこの言葉は、国家崩壊を経た今のロシアを訪れるものが、心して聞くべき言葉ではないだろうか。希望に満ちた時代のモスクワの記憶が、混迷を極める現代のそれと重なりあうことはない。だが、急進改革派、共産主義者、民族主義者が主導権争いに明け暮れ、空前の政治的ダッチロールを繰り返すなか、人はどんな誹りを浴びせられようと、一つの物差しを選ばなくてはならない。変貌に変貌を重ねるロシアを、複数の物差しで見ることは不可能であり、その変貌に追いつき、追い越そうとするなら、たちまちのうちに判断停止に陥る。何よりもまず足場を固め、「決断」という、何がしかの精巧なプリズムを手に入れなければならないのだ。

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椎名誠「ロシアにおけるニタリノフの便座について」

 ネットやガイドブックでロシア旅行にあたって注意すべきことを調べると、ロシアの治安の悪さとか、ホスピタリティや道徳心の欠如について、信じられないような話が語られており、ちょっとひいてしまう。多くの体験記に共通するのは、ロシアのトイレの凄まじさである。
ロシア国旗影付き

 ロシア旅行の一般的な注意事項からチェックしておこう。
1.服装は地味な方が良い。
2.リュックはやめたほうが良い。
3.トイレは汚い。
4.トイレの紙は(紙質が悪いので)流さず、横のくずかごへ。
5.日本ではルーブル(ロシアの通貨)に両替できないので、米ドルを持っていく。
6.ルーブルは国外持出禁止。再両替も困難なため、小額紙幣を必要なだけ両替すべし。
7.町で出会う商売人に注意。
8.スリ・ひったくり・などなど、とにかく周囲に注意。
9.スキンヘッドに注意。
10.悪徳警官にも注意。
「ペテロの町に恋をして」

 ロシアのトイレットペーパーがおそろしく硬いことは有名である。
佐藤 例えば、トイレットペーパーって、ぼくがソ連にいたころは、年に二回、ひとり十個しか買えないんですよね。外国人向けの外貨ショップ「ベリョースカ(白樺)」には、高級ウイスキーやモンブランのボールペンは売っているのに、トイレットペーパーは売っていない。ソ連当局があえて外国人に不便な思いをさせようとしていたのだと思います。
 モスクワ在住の外交官は普通、外交特権を使ってフィンランドのヘルシンキのデパート(ストックマン)から通信販売でトイレットペーパーを買います。ぼくはあえてロシア人と同じ生活をしてやろうと思って、買い出しに行ったんです。一時間ちょっと並んで十個買って、ひもでつないで、肩からぶら下げて歩く。あの幸福感といったらない。
亀山 それはほんとにロシア的幸福感ですね。
亀山郁夫+佐藤優「ロシア 闇と魂の国家」

トイレにしゃがむ時の向きにも注意しなければならない。駅にある有料の公共トイレを利用したshiroperuさんの体験である。
中は結構広くて、お掃除おばさんが掃除している。個室は、ドアを開けると1段高くなっている形式だった。ところが便器が…あれ、便器がない?腰掛式の洋式便器がないので、ちょうど日本の和式トイレのような感じである。
ドアはある。しかしドアといっても、上下が切られている仕切りのようなものである。中が1段高くなっているので、そこで立っていると、外の床を掃除しているお掃除おばさんが見える。
ここで、お腹が痛くて考える余裕のなかったshiroperuは、つい、日本と同じ向きで壁の方を向いてしまったのだ…。
見かけが和式トイレとそっくりだったし…。このことが間違いだと気付いたときは、既に遅かった…、、、
向きは、ドアの方を向かなければならない。そうでないと、後で困ったことになってしまう。
(どう困ってしまうかと言うと…要は“流れない”んですね…、、、さすがにあまり詳しく書けません…(^_^;))
何回も水を流してトライするのだが、…○△×◎×、、、ど、どうしよう〜、、、(+_+)
しかも外のフロアーには、お掃除おばさんが“巡回”している…。外に出たら、なんだかすぐさま中を検分されそうな雰囲気である。
体調が悪いのと、この状況とで、ほんと〜に冷や汗が出てきた…、、、(ーー;)
これで、ドアの向こうで次の人が並んだりしたら、絶対絶命である〜、、、(@_@) 
今ならまだ間に合う〜、、、逃げるなら今だ〜、、、
おばさんが横を向いている間に、何食わぬ顔をしながら、しかし心は脱兎のごとく、足早に出てきてしまった…。
(心の中では、「ゴメンナサ〜イ」m(__)mと謝っておいた…)
手を洗うところは別のスペースになっていたので、そこでも足早…ではなく、手早く済ませて逃げるようにトイレを後にしたのだった。
ロシアで便器のないトイレに入った場合は、くれぐれも“向き”にご注意を…。
「ロシア旅行記」

 ロシアのトイレ事情に関する極めつけの文章は、椎名誠の「ロシアにおけるニタリノフの便座について」である。

 「シベリア大紀行」というドキュメンタリー番組で、極寒のロシアを横断する旅をした椎名誠の一行11名は、退屈しのぎにメンバーのそれぞれに即席のロシア名をつけあった。例えば、椎名自身はラーメン好きなことから最初はシナメンスキーとなり、やがてあきれるほど居眠りを続けていたことから、フルネームでアキレサンドル・シナメンスキー・ネルネンコというロシア名になった。いつも集合時間に遅刻するスタッフはオクレンコという具合である。

 TBSのクルーに新田さんという、いつもニコニコしている人がいた。この人は初めはニコリノフだったが、やがて苗字のニッタとかけあわされてニタリノフとなった。彼は技術者であるから、ロシアの壊れた電気器具やら水道の栓やらを次々と直し、「ニタリノフの行くところロシアはどんどんきれいになっていった」という。

 さてロシアのホテルのトイレには便座がなかった。どうしてことごとく便座がないのか。「ロシアにはなぜか便座だけを狙う大盗賊団でもいるのではないか」「ホテルの経営者が何故か訳もなく大の便座嫌い」……諸説紛々である。退屈な冬のシベリア、ウォッカを飲みながらそんな馬鹿馬鹿しいことでも議論するしかあるまい。
 ある日、ニタリノフが自分の部屋の便所に便座をつくったらしい、という情報が流れた。
 退屈していた我々は恥ずかしがるニタリノフを押しのけて、彼の便座を見に出かけた。 ニタリノフの便座は青い発砲スチロールでできていた。発砲スチロールは5センチほどの厚みがあったのでそれは実に堂々と存在感に満ちてロシア便器の上に乗っていた。「うーんさすがにやりますねえ」
 とオクレンコが心から感心した声で言った。ニタリノフは何故か妙にふかくふかく恥じ入った様子で「いやほんのヒマつぶしですからねハハハ」とあまり感情のこもらない声で笑った。
椎名誠「ロシアにおけるニタリノフの便座について」

 ロシアのトイレ、本当におそるべしである。
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ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」

 20世紀の世界文学を代表するといわれるブルガーコフの「巨匠とマルガリータ」(水野忠夫訳(集英社ギャラリー[世界の文学]15「ロシアIII」所収))を読んだ。時間も空間も超越して、奇想天外な事件が次々に展開するストーリーが面白くて、ほとんど一気に読んでしまった。

巨匠とマルガリータ

 私が「巨匠とマルガリータ」を読んだきっかけは、今年2月から3月にかけてNHK教育テレビで放送した「知るを楽しむ 悲劇のロシア ドストエフスキーからショスタコービッチまで」で、亀山郁夫先生が「独裁者への崇拝と憎悪」と題して、ブルガーコフを取り上げていたからである。

 革命後まもないソビエト、まだ百花斉放の自由があった頃に、ブルガーコフはソビエト社会に対する辛辣な風刺を込めた小説や戯曲を発表し、それなりに成功を収めていた。だが、スターリンが次第に権力を掌握するとともに、ブルガーコフは反動的であると批判にさらされ、発表する機会を失ってしまった。そんな中で、ブルガーコフは政府宛に手紙を書き、国外への亡命を願い出た。

 NHKの番組では、スターリンがブルガーコフにかけた電話に大きく焦点をあてた。
「スターリンです。ごきげんよう。同志ブルガーコフ」
「はじめまして、ヨシフ・ヴィサリオーノヴィチ」
「お手紙受け取りました。同志たちと一緒に読ませていただきました。その件については色よい返事が得られるでしょう……。お望みでしたら、ほんとうにあなたを外国に出してあげましょうか? あなたは私たちにそんなに嫌気がさされたのですか?」


 ブルガーコフの演劇を何回も繰り返し観ていたスターリンは、彼の愛好者であり擁護者であったという。スターリンは、モスクワ芸術座へのブルガーコフの復帰を約束し、ブルガーコフは亡命の意思を取り下げた。

 だが、その後もスターリンの権力はますます肥大化し、大粛清の歯車が動き出した。ブルガーコフも批判を浴び、作品発表の機会はほとんどなくなるが、亀山先生によれば、それもスターリンによる一種の“庇護”の側面があったという。自分の才能を認め、目をかけている芸術家に対しては、危険な兆候が現れた段階で、早めに“警告”を与え、“庇護”したのである。

 こうして命拾いしたブルガーコフであったが、晩年の約10年間の歳月をかけて書いた長編小説「巨匠とマルガリータ」は、生前はもちろん、その死(1940年)後も長い間、陽の目を見ることはなかった。検閲により一部削除されたテキストが出版されたのは、なんと死後26年もたった1966年、発禁だった著作が刊行されるのはゴルバチョフ政権になってからのことだという。

 「巨匠とマルガリータ」は、巨匠と呼ばれる作家とその愛人マルガリータの恋愛物語がメインの軸であるが、黒魔術の教授を名乗る悪魔ヴォラントとその怪しい子分たちによるモスクワを舞台に奇想天外な事件を次々と起こす波瀾万丈の物語がもう一つの軸であり、二つの軸はときどき交差する。そして巨匠の書いた小説中の小説は、2000年近く前、キリストを処刑したユダヤ総督ピラトが主人公であり、悪魔ヴォラントは時空を越えて、ピラトにも関わる。ここで、これ以上詳しく語るのは、未読の方のお楽しみを奪うことになるのでやめておこう。

 ヴォラントのモデルは、スターリンではないだろうか。善か悪かといえば、もちろん悪者なのだが、作者はどこかこの絶大な力を持つ悪魔の善意や庇護を期待しているようなところがある。そしてヴォラントは、どこか神の意思をきき、その願いに応えているところがある。ヴォラントに対する崇拝と憎悪は、ブルガーコフのスターリンに対する「庇護に対する感謝」と「統制に対する嫌悪」というアンビバレントな二つの感情の間で揺れているようにも思う。

 「巨匠とマルガリータ」は、もちろんソビエト社会の厳しい風刺が込められているが、そこに描かれた「自由」や「芸術」や「愛」といったテーマは、時代や国を越えた普遍性をもち、世界文学と呼ぶにふさわしいものといえよう。ロシア文学おそるべしである。

 今朝の朝日新聞(2008年6月15日日曜日朝刊)によれば、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫訳)を筆頭に、ロシア文学が時ならぬブームにわいているという。ロシアの好感度はワースト1なのに、日本人は明治時代以来、根っからのロシア文学好きなのだそうだ。「巨匠のマルガリータ」は同じ水野忠夫訳で4月に全面改訳(河出書房新社)されたという。再読するときは、改訳版を入手しよう。
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薄餅からクレープへ

 沼野充義・東大教授(ロシア文学)のエッセー「薄餅とクレープはどちらが美味しいか?−−翻訳について」(『UP』 424号(2008年2月))が面白い。

 沼野は、まず、『カラマーゾフの兄弟』がこんなに読みやすくていいの? と問い、亀山郁夫・新訳『カラマーゾフの兄弟』のベストセラーとなった理由は、亀山訳が驚くほど読みやすい現代語になっているので、読んでいて引っかかるところがほとんどないからだと述べる。
 これは、先行訳で何度か読破しようと試みて挫折したことがあり、亀山訳ではじめて一気に通読できた私自身がまさに実感したことである。
 なぜこれほど読みやすい翻訳が生まれたのかというと、「やはり原作の異様な迫力と、それと張り合うだけのカリスマ的な訳者自身の情熱とが絶妙な組合せとなって魔法のような化学反応を起こし、読者に訴えかけたのだ」という。

 次に、時代によって翻訳家が選択した言葉の変化にふれる。『カラマーゾフの兄弟』のエピローグの名場面、亡くなったイリューシャ少年を弔う場面で、アリョーシャが、宗教が教えるように死人はきっとよみがえり、皆が互いに会って昔のことを楽しく語りあう日が来るに違いないと言った、そのあとである。
「それって、ほんとうにすばらしいですね!」コーリャが思わず口にした。
「さあ、話はこれぐらいにして、あの子の供養に行きましょうよ。あんまり気にせず、クレープを食べて下さいね。昔から、ずっとつづいている良い習慣なんですから。」アリョーシャは笑いながら言った。
亀山郁夫訳(初版平成19年)

 この「クレープ」はロシア料理の「ブリヌィ」のことだが、米川正夫訳(初版昭和3年)では「薄餅」(ブリンのルビ付き)、小沼文彦訳(初版昭和38年)では「パン・ケーキ」、原卓也訳(初版昭和53年)では「ホットケーキ」となっており、何とすべて訳し方が違っている。それにしても薄餅からクレープへ、わずかの間にものすごい変化ではないか。

 こうしたいわば現代化の流れにあえて逆行するような例として、大江健三郎の『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』と、そのタイトルの起源となったエドガー・アラン・ポーの「アナベル・リイ」の日夏耿之介訳を紹介する。大江の長編小説はずいぶん話題になったので、書名はよく目にするけれども、一字目の漢字が私には読めなかった(恥)。調べたら、「らふたし」と書いて「ろうたし」と読むのだそうである。「臈たし」なんて今まで聞いたことがないし、他で読んだこともない。で、「臈たし」と訳した言葉は、英語では何と "beautiful" なのである。T・S・エリオットの一節、"What! are you here?"を「なんだ、君はこんなところにいるのか」と訳した西脇順三郎とともに、いわば確信犯的に日本語の規範から逸脱しようとしている。

 そして、ベンヤミンの「翻訳者の使命」を引用しながら、「外国文学の受容のプロセス全体を考えた場合、原語(source language)と翻訳先原語(receptor language)がそれぞれ独立してあるのではなく、その両者を統合し媒介するような場を想定すべきだ」という。
 このことをふまえ、翻訳にあたっての戦略には次の三つの類型がありうると指摘する。

 第一は、翻訳先言語に焦点を合わせ、異質な要素を翻訳者の文化の文脈に「適応」させてしまうもの。「カラマーゾフの兄弟」新訳が実例。
 第二は、翻訳先の文化環境にとって異質な要素を残し、あくまでも言語への忠実さを目指すもの。日夏耿之介や西脇順三郎がその実例。
 第三は、第一の同化的アプローチと第二の異化的アプローチを媒介するもの。翻訳者の母語と外国語の間を媒介し、そこにいわば第三の言語を作ろうとするもの。

 第三のタイプの翻訳は、現実には存在しないのかもしれないが、沼野はその媒介的な場で展開するものこそが「世界文学」と呼ばれるに相応しいと結論する。

 『カラマーゾフの兄弟』の新訳を読んだことをきっかけに、ここのところ、さまざまな訳者によるドストエフスキーを続けて読んでいる。時代による変化もさることながら、翻訳者の個性、あるいはその翻訳の戦略によって、翻訳は本当に大きく変化することを実感しているところなので、沼野の文章はとても興味深く読めた。

 その沼野の親友でありライバルでもある亀山は、今少しずつ『罪と罰』の翻訳に取り組んでいるが、あるラジオ番組で「こんどの『罪と罰』は、『カラマーゾフの兄弟』よりも硬い翻訳になるかもしれない」と述べていた。これはもちろん第一の「読みやすさ」の戦略を捨て、第二の戦略に転換するという意味ではないだろう。もしかすると、亀山は、沼野のいう第三の戦略をとり、「世界文学」をめざすということではないだろうか。

 翻訳者のあり方にかんする次の文章も興味深い。
 でもだからこそ、訳者はディフエンシヴにだけ訳すのでなく、オフェンシヴに仕事をしてほしいとも思います。「原作者の言語ではこういうことはできないけれど、わたしの言語ではこういうことができるんだぞ」とか、「作者は自分では気がついていなかったみたいだけれど、この作品にはこういう隠された面白さもあるんだよ」ということを積極的に探していく態度も翻訳家には必要な気がします。文学の翻訳は、作品の中の「情報」を訳すのではないはずです。なぜなら、文学を文学にしているのは、情報ではないからです。それが一体何なのかを原文において自分なりに理解し(この段階がすでに作者にとっては誤解されるということですが、しかし、誤解以外の理解の仕方はないのでそれでいいのです)、それを別の言語で再現するということは、一種の演出です。演出家として何らかのアイデアが必要ということになるでしょう。原文をなぞっているだけでは平板になってしまいます
多和田葉子「ある翻訳家への手紙」

 日本語にこだわるか、原語にこだわるかの違いはあっても、第一の戦略と第二の戦略はディフエンシヴに訳すという点では変わらないと思う。オフェンシブに翻訳するというのは、文学の翻訳が新たな世界文学の創造をめざすということではないか。

 亀山新訳『罪と罰』が『カラマーゾフの兄弟』を超え、文学に新たな地平をきりひらくことを期待する。
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朝カル・カラ兄・続編再考

 昨日(1月5日)、新宿の朝日カルチャーセンターで、亀山郁夫先生の公開講座「ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』続編を「再考」する」という公開講座を聴講してきた。
『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する
 「カラマーゾフの兄弟」の新訳で評判の亀山先生が、翻訳の勢いで書かれた「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」をめぐって賛否両論の渦が起きているという。この本に対する誤解を解き、その後の研究の成果も合わせて、もしもドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』の続編を書いていたとしたら、それはどんな内容であったかをあらためて徹底的に検証したものである。

 レジュメの見出しだけあげると、以下のとおり。
1 『ドストエフスキー 謎とちから』から見えてきたもの
2 スメルジャコフと去勢派
3 続編を空想するための条件−−空想が妄想に堕さないために
4 インターミッション−−ドストエフスキーは『続編』を書きえたのか?
5 『カラマーゾフの兄弟』は、1866年の物語か
6 ニコライ・クラソートキンの運命


 講義の内容はとても高度で、おそらく大学院の講義レベルだろうが、直前まで関連本を集中的に読んできたおかげで、私にも何とかだいたいは理解できたような気がする。

 「スメルジャコフと去勢派」は圧巻だった。先生はブログでも、異端派の話をすると、聴衆の目の色が輝くというようなことをおっしゃっていたが、去勢の具体的な方法とか、去勢の最終段階では身体のどこに手をつけるかといった話になると、おもわず身をのりだしてしまった。

 また、講義の最後の方で触れられた、ドストエフスキーのアパートの向かいの部屋に、皇帝暗殺をねらったテロリストたちの巣窟があったという話には本当にびっくりした。本当に皇帝暗殺が実行されたとき、ドストエフスキーがもし生きていたら、テロリストとの関係を疑われたに違いない。さっそくラジンスキーの「アレクサンドル二世の暗殺」を注文してしまった。

 先生の講義で、個人的にうれしかったことが二つある。一つは、私がこのブログに書いた書評(亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」)を、「WEB上での批評」として配布資料に入れてくださったのだ。池澤夏樹や沼野充義といったプロの書評と同列で、である。もう一つは、自伝層についての解説のなかで、同じくこのブログに書いた文章(「キッド」におけるチャップリンの自伝層)についても、批判をまじえてコメントしてくださった。先生はネットでも発信していらっしゃるが、ご自身のブログ以外のところに書き込まれたことは、これまで3回しかないという。その1回が私のブログへのコメントだったというのである。本当に身に余る光栄である。昨年来、亀山先生の著書を通じてドストエフスキーに傾倒してきたことが、少しは報われたような気がする。

 2時間の講義は、あっという間に終わった。レジメの内容からすると、少なくともあと1時間くらいお話しすることが残っていたようにと思う。今度は連続講座のような機会があれば、ぜひ聴講してみたい。それまでに、ドストエフスキーの未読の作品を読了しないといけない。今はそれがすごく“お楽しみはこれから!”だ。

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亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」

 「カラマーゾフの兄弟」の新訳を出した亀山郁夫さんの「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」を面白く読ませていただいた。ドストエフスキーの頭の中にあった「カラマーゾフの兄弟」の第二部は、この本で亀山さんが描き出したものにかなり近いものではなかったかと思う。

 この本や「カラマーゾフの兄弟」第5巻に収められた解題の中で、亀山さんが用いるのが、ドストエフスキーの小説世界を、象徴層、自伝層、物語層という上中下の三層構造として捉えるアプローチである。

三層構造

 下の「物語層」とは、小説全体を駆動させていく物語レベル(筋書き、心理的なメロドラマ)の層である。この小説の中心となる物語は、カラマーゾフ家の主人フョードルの殺害事件をめぐる「犯人探し」であり、全体として一大ミステリーのようでもある。

 上の「象徴層」とは、形而上的な「ドラマ化された世界観」とでも呼ぶべき世界である。神と悪魔、善と悪といった象徴レベルでの葛藤の物語である。

 象徴層における葛藤が、物語=現実的なレベルと照応するというのは、ドストエフスキーに限ったものではないし、他の作家にもみられるわかりやすいしかけである。だが、「カラマーゾフの兄弟」には、この二つの層のほかに、もう一つ別の層、すなわち一般読者には見えにくい、一読しただけでは理解できない層があるという。これを亀山さんは「自伝層」と呼び、作者=ドストエフスキーが自らの個人的な体験をひそかに露出した部分であるという。

 そうした解説を読み、またドストエフスキーの生涯をふりかえってから、あらためて「カラマーゾフの兄弟」を読みかえすと、たしかに一読しただけでは見過ごしがちな「自伝層」が浮かび上がってくる。そこに秘められたドストエフスキーの魂からの叫びがはっきりと聞こえてくる。

 若き日のドストエフスキーは、ペトラシェフスキーの会という革命組織に参加したため帝政ロシアの秘密警察に逮捕され、銃殺刑の執行直前に恩赦となり、しばらくシベリア送りになるという強烈な体験があり、のちに「改心」して保守派となったのちも厳しい監視下におかれていた。

 だが、ドストエフスキーに「改心」はなかった、「改心」を演じつつづける自分に、作者自身気づかないほど熱中してきたのだという。

 亀山さんは、自伝層に着目しつつ「カラマーゾフの兄弟」続編にこめられたであろうドストエフスキーの思いを次のように総括する。

「わたしは、かつて皇帝暗殺をよしとしていた。もし、皇帝暗殺がいつか実現するとすれば、それはわたしにも責任がある−−。


 そういえば池内紀「カフカの生涯」を読んでから、あらためて池内紀による新訳「カフカ小説全集」を読んだときに、作者=カフカの心の叫びに気づいて、はっとしたことがあり、今となってはそれも自伝層の発見ではなかったかと思う。
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まいじょ * * 11:56 * comments(2) * trackbacks(0)

ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」

 日曜日(10月14日)、NHKのETV特集で「21世紀のドストエフスキー〜テロの時代を読み解く〜」という番組をやっていた。「カラマーゾフの兄弟」の新訳で今評判の亀山郁夫(東京外国語大学学長)がナビゲーター役で、金原ひとみ、森達也、加賀乙彦、ボリス・アクーニンがコメンテーターとして、ドストエフスキーの現代における意義は何かを問うた番組である。

カラマーゾフの兄弟

 私は、先週ちょうど、亀山訳の「カラマーゾフの兄弟」を読了したばかりだったので、出演者それぞれのコメントがずしりと重く心に響いた。

 実は、私はこれまで3回もカラマーゾフを読もうとして途中で投げ出した人間である。いちおう別の訳者によるものをつなげて1年以上かけて全編を読んだことはあるが、だいたい宗教の話が長く続くとそこで読む気がうせてしまった。
 「とにかく最後まで一気に読ませる」ことをめざした亀山さんのねらいは、私には見事にあたった。読み出すと、最後まで読みたくてやめられないのである。宗教上の問題など、多少意味がとりにくいところもあったが、読みたいという一心で最後まで一息に読んでしまった。

 番組の中で、亀山さんは「カラマーゾフの兄弟」を翻訳できたことの喜びを本当にうれしそうに語っていた。
 非常に単純な言い方をすると「生きていて良かった」というひと言なんですね。この小説を翻訳できたということは、おそらくドストエフスキー以外の第三者の中では最高の快楽を味わえた、最高の喜びを味わえたという、そのひと言しかないんですね。それくらい喜びを与えてくれる小説なので、言葉がないとしかいいようがない。

 私は亀山さんの翻訳ではじめて全編を通読できた喜びをひとしおに感じた。読む前と読んだ後で、大げさにいえば世界観が変わり、生きることの喜びを感じたのである。

 番組では、映画「カラマーゾフの兄弟」(1968年 ソ連 イワン・プィリエフ監督)のさわりを補足映像として挿入していた。登場人物の顔のイメージが、想像していたものとかなり近いものもあれば、ずいぶんかけ離れたものもある。これだけの長編小説だと、映画で再現はあまり期待しない方がいいと思う。しかし、登場人物や舞台の視覚的イメージを補足にするには、映画は有効な手段だろう。DVDがあればさっそく観てみたい。

左からドミートリー、イワン、アリョーシャのカラマーゾフ兄弟
ドミートリー   イワン   アリョーシャ

父・フョードル(左)と下男・スメルジャコフ(右)
フョードル   スメルジャコフ

 登場人物の中でいちばん誰に近いと思うかと妻に訊かれて、私は即座に「アリョーシャ!」と答えたが、妻は私が似ているのはドミートリーだと言い張っている。私も心の中では、「イワン!」と気取りたいところだが、イワンに影響されたスメルジャコフも通ずるところ大である。
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まいじょ * * 19:08 * comments(5) * trackbacks(0)

二ノ宮知子「のだめカンタービレ」

 音楽大学を舞台としたマンガ「のだめカンタービレ」が大ヒットしています。10月からのテレビドラマ化によって、ブームに拍車がかかったようです。

のだめカンタービレ 単行本が発売された頃から、私の周囲のクラシック音楽ファンの間では評判となっており、ひそかにまわし読みされているコミックが、ひと月遅れくらいで私の奥さんのところにもやってきて、私もそれを読んでいました。

 ハチャメチャなギャグマンガでありながら、音楽の本質というか、音楽を演奏することの楽しさや喜びが伝わってきて、思わず感情移入してしまうのです。クラシックはあまり聴いたことがないという人もこのマンガを読むと、たまにはクラシックでも聴いてみるか、という気分になるかもしれませんね。かくいう私がそうですから...。
 
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まいじょ * * 23:59 * comments(0) * trackbacks(7)
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